◆ 「治りたい」と言いながら、なぜ治らないのか?
精神的にしんどい、つらい、不安が強い。
そう感じている人の中には、病院やカウンセリングに通って「治したいです」と言う人がたくさんいます。
でも、どこかで「治りたくない気持ち」も同時に抱えている——そんな人が少なくありません。
これを「矛盾している」「甘えている」と片付けてしまうのは簡単ですが、実はこの複雑な気持ちこそ、神経症的であるということの特徴でもあります。
◆ 神経症的な人の特徴とは?
「神経症的」とは、精神医学や心理学でははっきりした病名ではなく、ある性格傾向や心理状態の型を表す言葉です。
たとえば、次のような傾向が見られます:
• 不安や心配が強く、感情のコントロールが難しい
• 他人の目や評価が気になりやすい
• 「ちゃんとしなきゃ」「正しくあらねば」と思いやすい
• 心の中で絶えず自分を責めたり、過剰に反省する
• 自分の悩みや苦しみを見つめすぎて、苦しさが深まる
こうした状態は「神経症傾向(neuroticism)」とも呼ばれ、現代では多くの人が少なからず抱えているものです。
◆ 病気が「救い」になることもある
「病気になりたくてなったわけじゃない」と感じる人がほとんどです。
でも、その一方で、どこかで「病気であることが救いになっている」場合もあるのです。
たとえば:
• 自分の弱さや欠点を病気のせいにできる(=自分を守れる)
• まわりからの配慮や優しさが得られる(=居場所を感じられる)
• 社会の中での役割から逃れられる(=休める理由ができる)
• 「自分は特別だ」と思える(=アイデンティティの一部になっている)
これは心理学で「疾病利得(しっぺいりとく)」と呼ばれます。
自覚がある人もいれば、無意識のうちにそうなっている人もいます。
◆ 治したいけど、治るのがこわい
「治りたい」と思っても、次のような不安が湧いてくることがあります:
• 治ったら、まわりの優しさがなくなるかもしれない
• 治った自分に、もう価値がないかもしれない
• 治ったら、嫌な現実に立ち向かわなきゃいけなくなる
• 治ったって、今より幸せになれる保証なんてない
こうした気持ちは、「ただのわがまま」ではありません。
**神経症的な人は、常に“守りながら生きている”**のです。
◆ 「治らない自分」には意味があるかもしれない
神経症的な人は、「治らないこと」や「苦しみ」に、自分なりの意味や役割を見出していることがあります。
• 「私は苦しんでいるから、優しくして」
• 「私はつらいから、あなたより劣ってるけど、それが私の生き方」
• 「この苦しみを抱えてる自分が、“本当の自分”」
そう考えると、簡単に「じゃあ治しましょう」とは言えないのです。
むしろ、「その人にとって“今の状態が一番まし”」という可能性すらあります。
◆ 最後に:矛盾を責めないで
神経症的な人にとって、「治したいけど治したくない」という気持ちは、決して矛盾ではありません。
両方の気持ちが同時にあるのが、自然なことなのです。
だから、自分や他人に対して「本当に治したいなら、もっと努力できるはず」などと責めるのではなく、
「治りたいと思うこと」と
「治るのが怖いと思うこと」は
どちらもあなたの大切な気持ちなんだよ
そう受け止めることから、ほんとうの意味での回復や癒しが始まるのかもしれません。

