「治したいのに治したくない」——神経症的な人のこころの複雑さ

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神経症

 「治りたい」と言いながら、なぜ治らないのか?

精神的にしんどい、つらい、不安が強い。

そう感じている人の中には、病院やカウンセリングに通って「治したいです」と言う人がたくさんいます。

でも、どこかで「治りたくない気持ち」も同時に抱えている——そんな人が少なくありません。

これを「矛盾している」「甘えている」と片付けてしまうのは簡単ですが、実はこの複雑な気持ちこそ、神経症的であるということの特徴でもあります。

 神経症的な人の特徴とは?

「神経症的」とは、精神医学や心理学でははっきりした病名ではなく、ある性格傾向や心理状態の型を表す言葉です。

たとえば、次のような傾向が見られます:

• 不安や心配が強く、感情のコントロールが難しい

• 他人の目や評価が気になりやすい

• 「ちゃんとしなきゃ」「正しくあらねば」と思いやすい

• 心の中で絶えず自分を責めたり、過剰に反省する

• 自分の悩みや苦しみを見つめすぎて、苦しさが深まる

こうした状態は「神経症傾向(neuroticism)」とも呼ばれ、現代では多くの人が少なからず抱えているものです。

 病気が「救い」になることもある

「病気になりたくてなったわけじゃない」と感じる人がほとんどです。

でも、その一方で、どこかで「病気であることが救いになっている」場合もあるのです。

たとえば:

自分の弱さや欠点を病気のせいにできる(=自分を守れる)

まわりからの配慮や優しさが得られる(=居場所を感じられる)

社会の中での役割から逃れられる(=休める理由ができる)

「自分は特別だ」と思える(=アイデンティティの一部になっている)

これは心理学で「疾病利得(しっぺいりとく)」と呼ばれます。

自覚がある人もいれば、無意識のうちにそうなっている人もいます。

 治したいけど、治るのがこわい

「治りたい」と思っても、次のような不安が湧いてくることがあります:

• 治ったら、まわりの優しさがなくなるかもしれない

• 治った自分に、もう価値がないかもしれない

• 治ったら、嫌な現実に立ち向かわなきゃいけなくなる

• 治ったって、今より幸せになれる保証なんてない

こうした気持ちは、「ただのわがまま」ではありません。

**神経症的な人は、常に“守りながら生きている”**のです。

 「治らない自分」には意味があるかもしれない

神経症的な人は、「治らないこと」や「苦しみ」に、自分なりの意味や役割を見出していることがあります。 

• 「私は苦しんでいるから、優しくして」

• 「私はつらいから、あなたより劣ってるけど、それが私の生き方」

• 「この苦しみを抱えてる自分が、“本当の自分”」

そう考えると、簡単に「じゃあ治しましょう」とは言えないのです。

むしろ、「その人にとって“今の状態が一番まし”」という可能性すらあります。

 最後に:矛盾を責めないで

神経症的な人にとって、「治したいけど治したくない」という気持ちは、決して矛盾ではありません。

両方の気持ちが同時にあるのが、自然なことなのです。

だから、自分や他人に対して「本当に治したいなら、もっと努力できるはず」などと責めるのではなく、

「治りたいと思うこと」と

「治るのが怖いと思うこと」は

どちらもあなたの大切な気持ちなんだよ

そう受け止めることから、ほんとうの意味での回復や癒しが始まるのかもしれません。

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