精神科では、他の診療科とは違って「目に見える検査」ができません。血液検査や画像検査のような決定的な証拠が少ない分、診断は医師の問診と観察に大きく依存します。
だからこそ、誤診や過剰診断が起きやすいのではないかと、私は常々感じています。
とくに最近は、発達障害や双極性障害の診断が増えているように思います。もちろん、以前より診断が進んで「見過ごされていた人が診断されるようになった」という側面もあるとは思いますが、正直なところ「本当にその人、そんなに重い症状があるのかな?」と感じるケースに出会うこともあります。
診断を疑わない人たちに感じる違和感
私が少し不思議に思うのは、自分の診断名を全く疑わず、まるで肩書きのように受け入れている人が一定数いるということです。
もちろん、診断がついて安心したという気持ちは分かります。
でも、あまりにも自分の病名を「信じきっている」ように見えると、「本当に困ってるのかな?」「むしろメリットを感じてるのでは?」と疑問に思ってしまうこともあります。
一方で、本当に困っている人ほど、「自分は本当に病気なんだろうか」「治るのだろうか」と悩み、診断名に対してもどこか距離を置いているような印象を受けます。
この違いは何なんだろうと、考えることがあります。
精神科で誤診や過剰診断が起きやすい理由
精神科の診断には、いくつかの構造的な弱点があります。
• 客観的な検査手段が少ない
他の診療科のように明確な数値や画像所見がないため、医師の経験や主観に左右されやすい。
• 症状の重なりが多い
うつ病と双極性障害、発達障害と不安障害など、症状が似ていて判別が難しいケースが多い。
• 患者の申告が中心になる
本人の訴えが診断の大部分を占めるため、意図せず誇張や誤解があると診断にも影響が出やすい。
• 診断基準そのものが曖昧なこともある
DSMやICDといった診断マニュアルも、実は社会的な背景や文化に影響を受けて変化してきたものです。
病名は「仮のラベル」として捉えるのがちょうどいい
私自身は、「診断名」はあくまで一時的なラベルであり、絶対的な真実ではないと思っています。
それは医師を責める意味ではなく、精神科という領域の限界に由来するものだと理解しています。
だからこそ、診断名に安心しすぎるのでも、逆に必要以上に不安になるのでもなく、「これは今の自分を説明するための仮の名前」くらいに考えておくと、少し気が楽になるのではないでしょうか。
おわりに
私は、精神科の診断や病名に対して、もう少し慎重であってもいいと思っています。
そして、診断名に対して距離を置いたり疑問を持つことは、むしろ真剣に自分と向き合っている証拠だと感じます。
心の不調に名前がついたとき、その診断にどう向き合うかは人それぞれですが、「それって本当に正しいの?」と立ち止まる視点は、これからの精神医療にとっても大切なことではないかと思います。

