脳の病気と言いながら、心因だと主張することの矛盾

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心因性

精神疾患=心因 という誤解の広がり

現代では、以下のような混乱がよく見られます:

「脳の病気だと言われました」

「でも、私は子どもの頃に親から傷つけられてきたんです」

「さらに、上司のパワハラのせいで病気になりました」

一見すると「脳と心を統合して考えている」ようですが、実際には医学的説明と心理的説明が混ざっている状態で、統一された理解には至っていないことが多いです。

なぜこのような混ざった誤解が生まれるのか?

1. 精神疾患の正体が目に見えないから

• 精神疾患は、がんや糖尿病のように明確な「病巣」が見えにくいため、心因説・脳機能説・性格説などが混在しやすい。

• 結果として、医学と素朴な人生観が結びついたような説明が生まれやすい。

2. 当事者が「説明」と「正当性」を求めているから

• 自分の苦しみを納得できるように説明したい。

• 「私は病気であり、かつ傷ついてきた」という二重の語りによって、自分の存在を守ろうとする。

• しかしそれが逆に、自他責混合的な思考や「自分は病気だから変われない」といった感覚を強めることもある。

神経症的構造の特徴としての「他責と自己病者化」

これは古典的な神経症論(とくにアドラーや現代の力動精神医学)でもよく言われることです:

構造具体的な言動の例説明
他責的「親が悪かった」「社会が悪い」「あの人のせいでこうなった」自分の無力感や罪悪感を外に投影することで防衛する
自己病者化「自分は病気だからできない」「変わらないのは病気のせい」自己の変化や責任から退避するための役割選択
心因の強調「これは私の心が傷ついた結果なんです」苦しみに意味を持たせることで、自尊感情を維持しようとする

これは「演技」や「詐病」といった意味ではなく、真剣に苦しんでいる人が、自分を守るために自然と取る思考パターンなのです。

本来の精神医学は「心因」だけでは語れない

• 統合失調症や双極性障害のように、明確な生物学的要因が関与する疾患では、心因だけで説明することは不適切です。

• うつ病や不安障害でも、脳内の神経伝達物質の不均衡や遺伝などが要因になることもあり必ずしも心の傷が原因とは限らない。

• 「心因も関係することがあるが、それだけではない」という立体的理解が必要です。

問題点:心因主張による二次的な“固定化”

精神疾患を「心因」に限定してしまうと、次のような影響があります:

1. 治療拒否や薬物療法への抵抗

→「心の問題だから薬はいらない」と感じてしまう。

2. 苦しみの長期化と自己認知のゆがみ

→「私は一生治らない」「親さえ違えばこうならなかった」という思考の固定。

3. 回復の主導権を他者に委ねてしまう

→「助けてくれなかった社会が悪い」となると、自分自身が変化する主体ではなくなる。

これらはいずれも神経症的構造が強くなりすぎた結果の“自己凍結”のような状態です。

■ まとめ:心因だけでは語れない時代に

• 「心の傷」や「人生の意味づけ」は大切な観点ですが、それが唯一の原因ではありません。

• 精神疾患は、脳・環境・心の相互作用で起こる複雑な現象です。

• しかしその複雑さに耐えられず、単純化して「心因」だけに回帰すると、かえって回復を妨げてしまう。

事実として、精神疾患は心理的な原因で起こるものとは限りません。PTSDなどは、ハッキリとしたトラウマ体験で発症するとされていますが、他にも病気の要因として考えられるものの存在も示唆されています。要するに原因は一つに絞れないのです。

これは多くの精神疾患でも言えることです。

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